なぜ障害受容に時間がかかったのか

砂遊び 考えること

「障害受容」とは?

障害について書かれている本やWebの記事などでよく目にする”障害受容”という言葉。
本人や家族が障害を理解しありのままを受け入れるプロセスのことで、適切な支援を受けるためには必要不可欠です。
障害受容することは、私たち夫婦にとって「息子が障害者である」ということを認めること。
決して平坦な道のりではありませんでした。

私たち夫婦の場合

私たち夫婦にとって、第一子である息子が初めての子育てです。

1歳ごろまではいわゆる「育てやすい子」だったと思います。
チャイルドシートもベビーカーにも大人しく乗ってくれ、抱っこひもも嫌がりません。
毎回授乳中に眠ってしまうので、そのままゴロンと寝かせたらいくらでも寝続けました。
大きな声を出すこともなく、離乳食も口を開けて食べてくれることがほとんどでした。
あやせば泣き止むし、夜泣きをすることもほとんどなかったです。

1歳半ごろになって、近所の子育て支援センターに行ったときに、周りの月齢の近い子たちと比べて、息子のおもちゃへの興味の持ち方や遊び方が違うことに気づきました。
まず、おもちゃは一瞬で飽きて、おむつのパッケージや段ボール、空気清浄機などに興味を持って手を入れようとします。その場にとどまって正しく遊ぼうとすることはなく、雑に扱ってすぐにポイ。
女の子はとくに親の声掛けに反応していたり、単語が出ている子のほうが多いことにも気が付きました。

しかし成長はあくまでその子のペース、個性なんだから問題視することではないよな、と思って疑いませんでした。

否が応でも気づかされたのは、幼稚園に入園することを選び、入園希望の幼稚園のプレスクールに通ったときのことでした。
送迎時に幼稚園の玄関前で他の子の様子が息子と明らかに違うことに気づきました。
リュックはなんとか背負っていてくれるものの、私にしがみついて降りない、何も持ちたがらない、言葉はもちろん一言もしゃべらない息子に対して、
他の子はリュックや手提げなどの持ち物を持つことができる、先生の声掛けに従って”おはようございます””さようなら”などの挨拶ができることにも驚きました。
教室で過ごしている間も、集団活動に自ら参加することはなく、基本的には先生が付き添ってくれて何とか参加し(ている風にしてもらい)、自由遊びの時間はお気に入りの隅っこのスペースで過ごしていたそうです。

そして、幼稚園で息子が活動に参加する様子も興味がある様子もないこと、危険予知もできず指示が通らないから先生が常についていないといけないことを指摘され、恥ずかしながら、そこではじめて息子の発達の遅れを認知することになったのです。

そもそも障害とは何か

「障害者基本法(昭和45年法律第84号)における「障害者」とは、「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であつて、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」と定義されている。(厚生労働白書より)

…難しいし、抽象的ですね。苦笑
環境によって障害であるかが変わる。そもそも本人も周りも困らない環境であれば障害ではないから、困ることに直面、もしくは想定できて初めて障害になるんですよね。

私たち家族の時間は息子の興味や好きなものごとを経験させることを中心にした”息子中心の生活”になっていました。
また年齢的にも発達の個人差も大きく、誰しもが全面的なサポートが必要な頃ということもあり、息子に生じる生活上の困りごとについて考えることがなかったわけです。

まとめ

私たちが息子が「障害」を持っているという認識に至らなかったのは、集団生活をしておらず、特別困らなかったから。
しかも、祖父母や友人たちも「男の子だからね~」「その子のペースがあるからね~」と息子を受け入れてくれていて、周りにも疑う人はいなかったのも大きかったのではないかと思います。
(息子を見る目があたたかいことは、本当に恵まれているなと思います)

障害を認められていない上に集団生活について解像度が低かった(今も低い)ため、合わない環境で過ごさせることで息子本人や周囲にも負担をかけてしまったのは大いなる反省点です。

息子を育てていくにあたり、障害受容、つまり”そのときに必要な環境の中で苦手なことの把握”を行い、適応するためにどのようなサポートを行っていくかは常に考えていく必要があります。
環境が変われば障害も変わりますから、障害受容という考え方はとても大切だと実感しています。

今日も読んでくださってありがとうございました。
どなたかのお役に立てれば幸いです。

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